山形大学附属博物館で学ぶ縄文時代の土器・土偶
山形大学附属博物館では、山形県で発掘された土器が4点、土偶が1点展示されています。その中でも今回は、山形県指定有形文化財である注口土器と、約90年ぶりの左脚との再会が話題となった結髪土偶を紹介します。
土器
山形県指定有形文化財
注口土器
時代 縄文時代中期
場所 山形県最上郡大蔵村 白須賀遺跡
注口土器って?
注口土器とは、液体を内部に収め、それを注ぐための注口がついている土器のことです。縄文時代初期のころから作られていましたが、縄文時代後期以降に現在の土瓶に似た注口土器が現れ、東北、関東地方での製作がさかんに行われました。
山形大学附属博物館の注口土器の特徴は?
持ち手が空洞になっており、口縁部に注口がついた形をしています。食物を煮たりする用途ではなく酒を入れるものだったとする説や、呪術や信仰の場で使用されたという説があります。注口土器の定型化は縄文時代後期ですが、附属博物館所蔵の注口土器は縄文時代中期のものかつ精巧で特徴的であるので山形県指定有形文化財に指定されています。
写真1、2を見ると分かるように、全体に縄文の模様が施されています。口縁部には2本の隆起線による8つの渦巻きが一周しています。
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写真1:注口土器を下から見た様子 | 写真2:注口土器を上から見た様子 |
注口土器って?
写真3:注口土器の修復部を赤い点線で表した
地中から出土する土器は、ほとんど割れた形で発見されます。そのため、割れた欠片をつなぎ合わせて修復したり、欠片が見つからない場合は石膏・樹脂などで補填します。写真3を見ると、赤い点線を境に土器の色が少し異なって
います。これは修復の跡です。現存部分の色や渦巻き模様を模倣して、もとの精巧な作りを表しています。
白須賀遺跡って?
所在:山形県最上郡大蔵村
時代:縄文時代中期
山形県内有数の縄文時代中期の遺跡で、昭和29年(1954)の調査においては、大量の石器と、大型の浅鉢形土器、深鉢形土器、注口土器などが出土しました。注口土器以外にも附属博物館では、白須賀遺跡から出土した浅鉢形土器1点
(写真4)と深鉢形土器2点(写真5)が展示されています。
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写真4浅鉢1点(縄文時代中期) | 写真5深鉢2点(縄文時代中期) |
土偶
結髪土偶
時代:縄文時代後期
場所:山形県寒河江市 石田遺跡
土偶って?
土偶とは、縄文時代に土をこねて人の形をつくり、焼いたものです。ほとんどが女性の形をしていて、豊穣・安産の祈りや祭りに使われたと考えられています。多くの土偶が割れた形で出土するので、一部の土偶は祭祀の時に意図的に破壊され、災いを払う使われ方をしたという説もあります。
山形県内の土偶で有名なものとしては、山形県立博物館に所蔵されている山形県舟形町の西ノ前遺跡から出土した「縄文の女神」を挙げることができます。
結髪土偶って?
結髪土偶は、頭部が髪を結っている特徴を持つためそのように呼ばれています。結髪土偶は通常「中実土偶」ですが、附属博物館所蔵の結髪土偶は胴体の部分が空洞である「中空土偶」です。縄文時代の土偶は、輪積み法という細長く伸ばした
粘土紐を積み重ねる方法で作られています。「中空土偶」も同様に、紐状の粘土が積み重ねて作られ、脚・頭・腕は別に作り、後から合体させます。
山形県内で結髪土偶は7点発見されていて、石田遺跡では附属博物館所蔵のものを含めて3点出土しています。完全な形を残すものは国指定重要文化財に指定されている山形県最上郡真室川町から出土した土偶のみです。
約90年ぶりに左脚と再会!!~クラウドファンディング・調査・修復について~
2018年に「結髪ちゃん」の左脚が発見されました。山形大学附属博物館では、結髪土偶を立ち上がらせるための費用をクラウドファンディングで集めるという挑戦をし、無事に目標は達成されました。また、結髪土偶の修復を行うにあたり、主に2つの調査を行いました。
①クラウドファンディング
時期:2019年7月22日~2019年9月20日
[初回目標額]160万円→[2回目目標金額]200万円→[3回目目標金額]240万円
最終総額:269万5000円(目標達成)
②調査
東北大学総合学術博物館の協力で、結髪土偶の上半身と左脚のX線CTによる調査が行われました。この調査より、頭部に空洞があること、結髪部分に穴をあける作業をやり直したことが分かりました。
また、結髪土偶の赤い顔料の顔料分析調査(蛍光X線分析、走査電子顕微鏡観察)も行われました。顔料はベンガラ(酸化第二鉄)でした。沈線に赤い顔料が残っているので、全体が赤く染められていたと考えられています。
写真6:結髪土偶の頭部
③修復
結髪土偶の上半身と左脚の接合、首・胸の接合部分の溝や左脚の欠けた箇所の補填、強化処理が行われました。また、汚れの除去など結髪土偶をきれいにするためにクリーニングや補彩も行われました。
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写真7:結髪土偶修復前(前面) | 写真8:結髪土偶修復後(前面) |
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写真9:結髪土偶修復前(背面) | 写真10:結髪土偶修復後(背面) |
石田遺跡って?
時代:縄文時代後期
場所:山形県寒河江市 石田遺跡
結髪土偶が出土した石田遺跡は、縄文時代晩期には大規模な集落が形成され、弥生時代にも引き続き長期にわたって人々が生活していました。石田遺跡から出土した土器によって、昭和25年(1950)に山形県にも弥生土器が存在することが判明しました。縄文時代晩期の出土遺物としては、東北地方で有名な遮光器土偶や、結髪土偶、ウルシ塗り土偶などがあります。
参考文献
・土器編
『日本大百科全書(ニッポニカ)』(小学館)
大蔵村史編さん委員会『大蔵村史 通史編』(大蔵村,平成11年)
・土偶編
寒河江市史編さん委員会『寒河江市史 上巻 原始・古代・中世編』(寒河江市,平成6年)
寒河江市史編纂委員会『寒河江市史 別冊 考古編』(寒河江市,平成31年)
90年ぶりに再会した左脚を接合し結髪土偶を立ち上がらせたい!(山形大学附属博物館2019/07/22公開)-クラウドファンディングREADYFOR
(最終閲覧日2020/12/04) https://readyfor.jp/projects/keppatsu-dogu
写真(結髪土偶、写真6~10)
・山形大学附属博物館Facebook
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